黒井沢新道
岐阜県側から恵那山に登るには、昭和30年代始めまでは前宮ルートか神坂峠ルートしか無かった(※)。前宮は長く険しかった。また神坂峠のアプローチは長い悪路だった。そのためいずれのルートも健脚な若者以外は日帰りが難しかった。『もっと手軽に登られるルートがあったら良いのに・・・』。誰もがそう思っていた。
登山道維持で恵那登山を重ねていた川上の安藤卓造青年はあることに気がついた。山頂の測量用櫓に登ると、クラガリ沢出合付近の恵那山林道が見えるのだ。『あの林道は黒井沢まで伸びているはずだ。黒井沢から登られる登山道が出来れば便利に違いない。』青年は地図を入念に調べ、市役所を動かした。市の職員とともに前宮ルートを登り、測量をしながら黒井沢へと下ったのである。山頂から黒井沢へは当然まったく道は無かったが、下るのは比較的楽だったそうだ。それは 60年に一度という笹が枯れる年に当たったからだという。黒井沢新道の開発には偶然も味方したのだ。
※ 落合ルートについては調査中
測量登山のスナップ

昭和32年6月、川上の安藤卓造青年は市役所の職員とともに測量器具を背負って前宮ルートを登った。物見の松でのスナップ。写真はすべて安藤卓造さん提供。
測量隊の山頂でのスナップ

昭和32年6月
新道開通で賑わう黒井沢登山口

現在の黒井沢休憩所辺りか?
恵那山早登り大会

昭和34年8月5日
バスの乗務員と黒井沢の滝
